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はじめに

観光施策の効果を語るとき、「来訪者数」や「消費額」といった数字がよく使われます。もちろん重要な指標ですが、それだけで地域の魅力や観光客の行動を十分に説明できるでしょうか。実際には、観光客は旅行前にSNSで情報を探し、旅行中に体験をシェアし、旅行後に口コミや特産品購入といった行動を取ります。つまり、観光客が地域にもたらす価値は「訪問中の消費額」に限られないのです。

こうした観光客の一連の行動を整理・分析する手法が カスタマージャーニー です。本来はマーケティング全般で使われてきたフレームワークですが、近年は観光分野においても注目されています。特にデータ分析やAIが活用できるようになった今、カスタマージャーニーは「古い手法」ではなく、観光施策を設計・評価するうえで欠かせない最新の分析軸となりつつあります。

第1章:カスタマージャーニーとは?

カスタマージャーニーとは、顧客が商品やサービスと出会ってから利用、さらに利用後の行動に至るまでの一連の流れを「旅(ジャーニー)」に見立てて整理する手法です。マーケティングの分野では広く使われてきましたが、観光の世界でも応用が進んでいます。

観光客は旅行を「思い立ってから実際に訪れ、帰宅後に振り返る」まで、多様な接点を経ています。たとえば、SNSで写真を見て旅行を検討し、予約サイトで比較し、現地では交通や施設を利用し、帰宅後に口コミを投稿する──こうした一連のプロセスを地図のように描き出したものがカスタマージャーニーです。

観光分野では特に、「旅行前」「旅行中」「旅行後」 の3段階で整理すると分かりやすくなります。

  • 旅行前(旅マエ):認知・検討(情報収集、宿泊予約、口コミ閲覧)
  • 旅行中(旅ナカ):体験・移動(観光スポット巡り、食事、交通手段の利用)
  • 旅行後(旅アト):共有・再訪(SNS発信、口コミ投稿、ふるさと納税や特産品EC購入)

このようにカスタマージャーニーは、観光客の行動を「消費額」という一側面だけでなく、体験全体の流れとして捉えるための基盤になります。

第2章:なぜ観光にカスタマージャーニーが必要なのか?

観光分野におけるマーケティングは、商品やサービスの購入と比べてはるかに複雑です。なぜなら、観光客は「行く前」「滞在中」「帰った後」といった時間軸の中で、多様な接点を持ち、それぞれの行動が地域に影響を与えるからです。

  • タッチポイントが多様化している
    観光客は旅行雑誌だけでなく、SNSやYouTube、OTA(旅行予約サイト)、口コミサイトなど、数多くの情報源に触れます。どこで興味を持ち、どのタイミングで離脱するかを把握するには、ジャーニーの整理が欠かせません。
  • 消費額では測れない価値がある
    旅行中の支出だけでなく、旅行後の口コミ投稿やSNS発信が次の来訪者を生むこともあります。ジャーニーを可視化すれば、こうした「消費額以上の価値」がどの段階から生まれているかを特定できます。
  • EBPM(証拠に基づく政策立案)に直結する
    施策の成果を説明する際、「来訪者数が増えたかどうか」だけでは不十分です。カスタマージャーニー分析を使えば、認知度向上や口コミ拡散といった間接的な成果も数値化でき、政策評価の説得力を高められます。

カスタマージャーニーは単なるマーケティング用語ではなく、観光分野で「どこに課題があるのか」「どの施策が効いているのか」を把握するための実務的な道具なのです。

第3章:従来型ジャーニーの限界と最新の進化

カスタマージャーニーという考え方自体は決して新しいものではありません。多くのマーケティング現場で「ペルソナ(典型的な顧客像)」を設定し、ストーリー仕立てで顧客の行動を描いた「紙のジャーニーマップ」が作られてきました。観光分野でも、この形式はよく見られます。

しかし、こうした従来型のジャーニーにはいくつかの限界があります。

1. 実態とズレやすい

想定されたペルソナや行動シナリオは、実際の観光客の行動と必ずしも一致しません。特にSNSやOTAの普及により、行動パターンは多様化しており、固定的なシナリオでは現実をとらえきれません。

2. 更新されにくい

一度作ったジャーニーマップは、そのまま放置されがちです。観光トレンドや情報接点が日々変化する中で、古いジャーニーはすぐに陳腐化してしまいます。

3. 数値化が難しい

従来型は「矢印で流れを示す」程度で、定量的なデータが入らないため、施策の効果検証には使いにくいという課題があります。


最新の進化:データドリブンジャーニー

近年の観光マーケティングでは、データを活用した「動的なカスタマージャーニー」が注目されています。

  • アクセスログや予約データ:どの経路で認知・予約に至ったかを可視化
  • 位置情報やチケット利用履歴:現地での移動や行動パターンを数値化
  • SNS投稿や口コミデータ:旅行後の発信や紹介効果を測定

これにより、ジャーニーは「想像するもの」から「実際のデータで描くもの」へと進化しています。さらに、AIを活用すれば「次にどんな行動を取るか」の予測まで可能になりつつあります。

第4章:観光における最新カスタマージャーニー分析の実践ステップ

観光分野でジャーニーを分析するには、「旅行前」「旅行中」「旅行後」のデータを整理し、それをできる限りつなぎ合わせて全体像を描くことがポイントです。


1. 旅行前・中・後のデータを整理する

観光客の行動は大きく3つのフェーズに分けられます。

  • 旅行前(認知・検討)
    Webアクセス解析、SNSエンゲージメント、OTA検索履歴から「どこで知り、どこで離脱するか」を把握する。
  • 旅行中(体験・移動)
    QRチケット利用記録、位置情報、交通データから「どこを回遊し、どこに滞在したか」を見える化する。
  • 旅行後(発信・再訪)
    SNS投稿や口コミ、ふるさと納税や特産品ECの利用から「どの体験が拡散されたか、誰がリピーター化しているか」を分析する。

この3段階を分けてデータを整理することが、ジャーニー分析の土台になります。


2. データ統合の難しさとベイズ的アプローチ

最大の課題は、これらのデータをひとつの流れとして結びつけることです。予約・現地利用・口コミなどがバラバラに管理され、共通IDが無いケースも多いため、単純な統合は困難です。

こうした場合には、統計的に「確率でつなぐ」発想が有効です。ベイズ推定を応用することで、IDがなくても断片的なデータを補完できます。代表的な方法を挙げると:

  1. 確率的マッチング(Probabilistic Matching)
    • 旅行日、人数構成、属性、時間帯などの共通要素から「この現地データはこの予約データと同じ人物である確率◯%」と推定する。
    • ベイズ更新を使えば、新しい証拠が得られるたびに確率を調整できる。
  2. 階層ベイズモデル(Hierarchical Bayes)
    • 個人を直接特定せず、「30代・東京在住・家族連れ」のようなセグメント単位で行動データを結びつける。
    • 観測データの一部が欠けていても、潜在変数として“典型的な行動パターン”を推定可能。

このように、ベイズ的手法を使えば「完全一致でつなぐ」のは難しいデータでも、確率的に十分使える精度でジャーニーを再構築することが可能になります。

第5章:まとめ

観光分野でのマーケティングは、「来訪者数」や「消費額」だけでは見えない観光客の価値をどう捉えるかが重要になっています。その答えのひとつがカスタマージャーニー分析です。

従来はペルソナやストーリーボードで顧客行動を整理する手法として広まりましたが、今ではデータやAIを活用して「旅行前・旅行中・旅行後」の行動を定量的に把握する枠組みへと進化しています。

特に観光では、予約データや位置情報、SNS投稿などがバラバラに存在するため、統合が大きな課題です。ここで完全なID連携にこだわるのではなく、ベイズ的な統計手法で“確率的につなぐ” という柔軟な発想を取り入れれば、現実的に使えるジャーニー像を描くことができます。

つまりカスタマージャーニーは、古いフレームワークではなく、最新のデータ分析によってアップデートされた観光施策の羅針盤なのです。

DeepGreenはデータとAIを強みとし、こうした手法を「理論」から「実装」へと橋渡しし、地域の観光施策をエビデンスに基づいて進化させる道のりをともに描いていきます。

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