ダイナミックプライシングで変わる観光──需要予測と収益最適化の仕組み

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はじめに

観光の現場では、季節や曜日、天候、イベントの有無によって需要が大きく変動します。宿泊施設や交通機関では古くからこうした変動に対応するために「ダイナミックプライシング(需給に応じた価格変動制)」が導入されてきました。航空券やホテルの料金が日によって大きく違うのは、その代表例です。

近年、この仕組みは宿泊や航空だけでなく、テーマパークや観光施設、体験型アクティビティなど、観光全体へと広がりを見せています。背景にあるのは、観光需要の平準化や収益最大化、さらには混雑緩和といった課題への対応です。特にデータ分析やAIの進展により、需要予測を精緻に行える環境が整いつつあることが、この動きを後押ししています。

一方で、価格が利用者ごと・タイミングごとに変動することへの不公平感や、仕組みが分かりにくいことによる不信感も課題となっています。観光におけるダイナミックプライシングは、メリットとリスクの両面を持つ「諸刃の剣」とも言えるのです。

本記事では、観光におけるダイナミックプライシングの仕組みと、需要予測に活用されるデータ、さらに導入による効果と課題を整理し、今後の展望を考えていきます。

第1章:ダイナミックプライシングの基本

1. ダイナミックプライシングとは

ダイナミックプライシングとは、需要と供給の状況に応じて価格を変動させる仕組みのことです。従来の「固定料金制」とは異なり、利用者が多いタイミングでは料金を上げ、利用者が少ないタイミングでは料金を下げることで、収益の最大化と利用者数の平準化を同時に狙うことができます。

2. 代表的な導入事例

最も分かりやすい事例は 航空券ホテル です。航空会社は予約の入り具合や出発日までの残り日数、曜日やシーズンを加味して価格の設定を日々変動させています。ホテルも同様に、繁忙期やイベント時は料金を高めに設定し、閑散期には割引価格を打ち出します。これらは観光分野におけるダイナミックプライシングの先駆的な実践例です。

3. 観光産業への広がり

近年は航空・宿泊にとどまらず、テーマパークの入場料、スポーツの観戦のチケット、体験型アクティビティの料金 など、観光のさまざまなサービスにダイナミックプライシングが取り入れられ始めています。特にデジタルチケット販売の普及により、需要に応じて価格を柔軟に変えることが容易になってきました。

4. 導入が注目される理由

観光地では「繁忙期」と「閑散期」が極端に分かれることが多く、収益や体験価値に偏りが生じやすいという課題があります。ダイナミックプライシングはこの課題に対し、

  • 収益を最大化する(稼げるときに稼ぎ、赤字を出さないようにする)
  • 需要を平準化する(閑散期の割引で来訪を促進する)
  • 混雑緩和につなげる(ピーク需要を分散させる)
    といった効果を期待できることから、観光産業全体で注目が集まっているのです。

第2章:需要予測の仕組み

ダイナミックプライシングの成否を左右するのは、どれだけ正確に「需要を予測できるか」です。観光分野では旅行者の行動が多様で変動要因も多いため、複数のデータを組み合わせてモデルを構築する必要があります。

1. 需要予測に使われる主なデータ

観光における需要予測では、以下のようなデータがよく利用されます。

  • 予約データ:過去の予約履歴、直近の予約動向、実施日までの日数
  • 季節性・曜日要因:祝日や長期休暇、平日/週末の傾向、紅葉などの季節の行事
  • 天候データ:天気予報や気温、降雨などの気象条件
  • イベント情報:当該施設でのイベントに加え、宿泊施設であれば周辺地域の祭りやコンサート、スポーツ大会の開催など
  • 競合価格:近隣施設や他社サービスの料金動向
  • 人流データ:携帯電話の位置情報や交通量データから推定される観光客の流れ

これらのデータを統合することで、「特定の日にどの程度の需要が見込めるか」を推計します。

2. モデル化の手法

需要予測にはさまざまな統計・機械学習の手法が用いられます。

  • 時系列モデル(ARIMA、季節調整など):過去の傾向から未来の需要を推定
  • 回帰分析や決定木モデル:天候やイベントなどの外部要因を加味して需要を予測
  • 機械学習・AIモデル(ランダムフォレスト、XGBoost、ニューラルネットワークなど):大量の特徴量を扱い、高精度な予測を可能にする

3. 旅行者行動の数値化

単なる来訪者数の予測にとどまらず、「旅行者がどの時間帯に動くのか」「滞在時間はどれくらいか」「どのようなルートを取るか」といった行動パターンを数値化することも進んでいます。これにより、料金を変動させるだけでなく、入場制限や時間帯別の価格設計 といった運用も可能になります。

4. 需要予測の精度が持つ意味

予測精度が高ければ、価格設定が利用者にとっても納得感のあるものになりやすく、混雑状況も快適なものになりやすい、ということを意味しmす。逆に精度が低いと、需要がないのに価格を高く設定して利用者離れを招いてしまったり、逆に需要が集中する日に安売りして収益を逃したりするリスクがあります。

第3章:観光における導入メリット

ダイナミックプライシングは、単に「儲けを増やす仕組み」と捉えられがちですが、観光分野に導入することで得られるメリットはそれ以上に広がっています。

1. 収益の最大化

観光産業は需要の波が大きいため、固定価格制では繁忙期に収益の取りこぼしが発生しやすく、閑散期には稼働率が低下します。ダイナミックプライシングを導入すれば、需要が高い時期には価格を適正に上げて利益を確保し、需要が落ち込む時期には価格を下げて集客を促せます。結果として、年間を通じた収益の最適化につながります。

2. 混雑の平準化

繁忙期に人が集中しすぎると、観光体験の質が低下し、地域住民にとっても負担になります。価格変動によって利用者を分散させれば、オフピークの来訪を促進でき、混雑緩和と観光体験の向上を同時に実現できます。特にテーマパークや観光施設などでは、待ち時間の短縮や快適な滞在環境の維持に効果的です。

3. 顧客体験の改善

ダイナミックプライシングを通じて利用者が「混雑を避けて安く利用できる」選択肢を得られることは、結果的に満足度向上につながります。また、料金が安いタイミングを明示することで、旅行者にとって計画が立てやすくなるというメリットもあります。

4. 地域全体での観光分散施策

個別の施設や事業者だけでなく、宿泊・交通・体験を組み合わせた地域全体の価格設計に応用すれば、特定の観光地への集中を緩和し、地域全体の回遊性を高めることが可能になります。
例えば夜行われる花火大会で会場周辺への交通機関が直前に集中することが予想される場合、遠方からの観光客向けに時間指定の指定席券と、少し早い時間に近辺でアクティビティ体験と、花火大会の観覧席チケットを組み合わせて販売すると交通量の時間帯別の予測と混雑緩和、回遊性向上も見込むことができます。これは「オーバーツーリズム対策」としても期待できる活用方法です。

第4章:課題と懸念点

ダイナミックプライシングは観光産業に多くのメリットをもたらす一方で、導入にあたってはさまざまな課題やリスクも存在します。これらを正しく理解し、対応策を講じなければ、利用者や地域社会からの反発を招きかねません。

1. 公平性の問題

価格が需要に応じて変動する仕組みは、利用者に「同じサービスなのに人によって値段が違う」という不公平感を抱かせることがあります。特に観光は娯楽的要素が強く、価格差に敏感に反応されやすい領域です。過度な価格変動は、顧客満足度の低下やSNSでの炎上リスクにつながる可能性があります。

2. 透明性の欠如

価格の決まり方がブラックボックス化すると、利用者は「なぜ今この価格なのか」を理解できません。納得感を得られなければ、利用者は不信感を抱き、長期的にはブランドイメージを損なう危険性があります。仕組みの透明化や、わかりやすい説明(例:「混雑日には高く、空いている日は割安」)が不可欠です。

3. データ不足

ダイナミックプライシングの根幹は需要予測ですが、十分なデータを持つのは大規模事業者に限られます。中小の観光事業者や自治体が導入しようとすると、過去データが乏しく、精度の高いモデルを構築できない場合が少なくありません。この点で、大手と中小の「格差」が広がる可能性があります。

4. 運用コストと人材不足

需要予測モデルの構築やシステム導入にはコストがかかり、さらにデータ分析やデータ更新などの運用に精通した人材が必要です。観光業界ではデジタル人材が不足しており、現場で実際に運用できる体制を整えることが大きな課題となっています。

第5章:今後の展望

観光分野でのダイナミックプライシングは、収益最大化だけでなく、混雑緩和や顧客体験向上といった社会的価値の実現にもつながる可能性を持っています。今後は以下の方向性での発展が期待されます。

1. AIによる需要予測の高度化

従来は予約履歴やカレンダー要因が中心でしたが、今後は AIがSNSの話題量、人流データ、気象予測、国際情勢 まで取り込み、より高精度な需要予測が可能になります。これにより予想外の需要急増や閑散を抑制できる未来が期待されます。

2. 利用者へのわかりやすい説明

価格変動を受け入れてもらうには、透明性と納得感が欠かせません。例えば「混雑日料金」「オフピーク割」などのラベルを用いたり、グラフやカレンダーで価格の推移を示したりする工夫が求められます。これは単なる料金設定ではなく、旅行者の行動を誘導するコミュニケーション手段にもなり得ます。

3. 地域全体での協調

今後の可能性として注目されるのは、宿泊・交通・観光施設を横断した協調的な需要予測です。繁忙期に宿泊価格だけが高騰しても、交通や施設が取り残されれば地域全体の体験は損なわれてしまいます。データのオープン化など、協同でのイノベーションを生む、地域全体での取り組みが重要になっていくでしょう。

4. データ活用による社会的意義の拡大

ダイナミックプライシングは単なる収益の手段ではなく、オーバーツーリズム対策や地域住民の生活環境保護といった社会的課題の解決にも寄与できます。データを活用して「持続可能な観光の価格設計」を実現することは、今後の地域観光経営の新しい標準になっていくはずです。

まとめ

観光におけるダイナミックプライシングは、航空券やホテルといった一部の分野だけでなく、観光施設やアクティビティ、さらには地域全体へと広がりつつあります。適切に運用すれば、収益の最大化、混雑の平準化、顧客体験の向上といった多面的なメリットをもたらします。

しかし同時に、公平性や透明性の確保、データ不足、運用体制の整備といった課題を乗り越える必要があります。特に観光分野では、旅行者の納得感を得ながら導入することが成功のカギとなるでしょう。

今後はAIやデータ分析の進展により、需要予測の精度がさらに高まり、地域全体で協調した価格設計も可能になると考えられます。ダイナミックプライシングは「稼ぐための仕組み」から「持続可能な観光を実現する仕組み」へと進化していくはずです。

DeepGreenは「データとAIで地域の未来をデザインする」という想いのもと、こうした需要予測や価格設計の仕組みを、地域や事業者が無理なく活用できるよう支援してまいります。

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