昨今求められている「証拠に基づいた政策立案(EBPM:Evidence Based Policy Making)」は観光分野でも重要度が増しています。自治体や観光事業者にとっても、補助金やプロモーションの成果を説明する際に「どれだけの人が来たか」「どれだけお金を使ったか」という数字は欠かせません。
しかし、本当にそれだけで地域の観光の価値を語れるのでしょうか。
たとえば、ある観光客は1回の滞在で3万円を消費しました。一方、別の観光客は1万円しか使いませんでしたが、帰宅後にSNSで魅力を発信し、友人を連れて再訪。結果として地域に何倍もの経済効果をもたらしました。こうしたケースは珍しくありません。
つまり、観光客が地域にもたらす価値は「消費額」だけでは測れないのです。口コミや紹介、さらには地域との関わりを深めていく行動も大切な価値となります。
こうした「消費を超えた価値」を整理し、観光施策の効果を総合的に見える化できるフレームワークが、今回紹介する CEV(Customer Engagement Value:顧客エンゲージメント価値) です。
第1章:CEVとは何か?
CEV(Customer Engagement Value:顧客エンゲージメント価値)とは、観光客が地域にもたらす価値を「お金」だけでなく幅広く捉えるための考え方です。
従来よく使われるLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)は、「1人のお客さんが一生のうちにいくら使ってくれるか」を示す指標でした。観光分野でも「宿泊費や飲食費の合計」をLTVのように扱うことが多くあります。
しかし観光客の価値は、それだけではありません。CEVは次のように表されます。
CEV = CLV + CRV + CIV + CKV
- CLV(購買価値、Customer Lifetime Value):宿泊・飲食・体験など、実際に地域でお金を使った価値。
- CRV(紹介価値、Customer Referral Value):友人や知人を連れてきた、あるいはすすめたことによる価値。
- CIV(影響価値、Customer Influencer Value):SNS投稿や口コミが他の人の来訪意欲に与える影響。広告効果に相当する価値と考えられます。
- CKV(知識価値、Customer Knowledge Value):アンケート回答や体験フィードバック、共創イベントなどを通じたサービス改善への貢献。
このようにCEVは、観光客を単なる「消費者」としてではなく、地域のファンや共創パートナーとして捉えるためのフレームワークです。
※ただし、実務で使う際は単純に4つの数値を足し算すればよいわけではありません。例えば…
- 口コミを広告換算するには計測方法を設計する必要があります。
- 紹介価値を算出するには、新規顧客の来訪データとの突合が必要です。
- フィードバックや共創の価値は、施策改善や収益寄与を踏まえて評価します。
つまりCEVは「4つの視点を合算して捉える枠組み」であり、実務ではデータに応じて柔軟に算定方法を工夫することが大切です。
第2章:なぜ観光にCEVが必要なのか?
観光施策の効果を測るとき、多くの場合は「来訪者数」と「消費額」に注目します。もちろん、これらは重要な指標です。しかしそれだけでは、観光客が地域にもたらす価値の全体像をとらえることはできません。
1. 数字に表れにくい価値がある
観光客が地域に残すのは「お金」だけではありません。旅の感想をSNSで発信したり、写真を共有したり、あるいは現地での体験を口コミとして伝えることで、新しい観光客が訪れるきっかけになることがあります。こうした「波及効果」は、会計上の消費額としては計上されないため、従来の指標では見落とされてきました。
2. 長期的な関係人口の育成に直結する
観光客は一度訪れて終わりではありません。何度も再訪したり、ふるさと納税やオンラインで特産品を購入したり、地域イベントに参加するなど、継続的に関わるケースがあります。これらは短期的な「観光消費」では測れない価値であり、地域との長期的な関係=関係人口を育てる基盤になります。
3. EBPM(証拠に基づいた政策立案)に役立つ
行政やDMOにとって「施策の成果をどう示すか」は大きな課題です。来訪者数だけでは「成果が出ていない」と見えてしまう施策でも、CEVの視点で口コミ効果やリピーター増加、関係人口化への流れを数値化できれば、より説得力のある政策評価が可能になります。
第3章:CEVを構成する4つの価値
CEV(Customer Engagement Value)は次の4つの価値を組み合わせて考えます。重要なのは、それぞれを貨幣価値に換算できる形で測る工夫をすることです。
1. CLV(購買価値)
内容:宿泊、飲食、体験、交通、土産購入など、観光客が地域で直接消費した金額。
データ収集と金額化の例:
- 宿泊施設や飲食店のPOSデータ → 一人あたり平均支出(例:1泊2日で3万円)
- 観光クーポンや周遊パスの利用額 → 地域内消費を直接記録
→そのまま「消費金額」として計上できる、最も分かりやすい価値です。
2. CRV(紹介価値)
内容:観光客が友人や知人を誘い、実際に新しい来訪者を生む価値。
データ収集と金額化の例:
- 紹介キャンペーン利用 → 紹介者1人あたり新規来訪者が何名で、平均いくら消費したかを集計
- アンケートで「知人のすすめで来訪」と回答した人の消費額を合算
→「紹介1件あたり平均○円の新規消費を創出」として評価可能です。
3. CIV(影響価値)
内容:SNS投稿や口コミレビューが他の人の来訪意欲に与える影響。広告効果に換算できます。
データ収集と金額化の例:
- SNS投稿のインプレッション数を広告換算(例:1,000人に届く投稿=広告費1万円相当)
- 「口コミを見て来た」と回答した観光客の平均消費額を合算
→「1件の投稿=広告○円相当」「口コミ経由の来訪消費額=○円」として評価できます。
4. CKV(知識価値)
内容:観光客のフィードバックや共創活動によって、地域やサービスが改善され、将来的に価値を生む部分。
データ収集と金額化の例:
- アンケートや自由記述をもとに改善 → クレーム減少や満足度上昇を確認し、それに伴うリピート増加分を金額に換算
- モニターツアーの提案から新しい体験プログラムを開発 → 参加者数×平均消費額=増加分を価値として算入
- デジタル化や導線改善の提案で業務効率が向上 → 削減できた人件費や運営コストを価値として評価
→CKVは「直接的な売上増」だけではなく、コスト削減や顧客満足度向上による将来的な収益増を含めて考えるのが現実的です。
CEVは消費額だけでなく「紹介」「口コミ」「改善への貢献」も金額に換算して合算することで、観光客が地域にもたらす総合的な価値を把握できます。
ただし実務では単純に足し算するのではなく、例えば重複分を除いたり、施策を何も打たなかった場合を基準値として比較するなど、地域のデータ環境や施策目的に合わせて、算定方法を工夫することが欠かせません。
第4章:CEVをどう活用できるのか?
CEVを導入すると、観光客を「消費者」ではなく「地域に多面的な価値をもたらす存在」として捉えられるようになります。これにより、従来の来訪者数や消費額だけでは見えなかった効果を政策や施策に反映できるようになります。
1. 施策の効果を多角的に評価する
広告やキャンペーンの効果を「来訪者数」だけで測るのではなく、口コミや紹介、改善提案まで含めて総合的に評価できます。
例:インフルエンサーを招いたキャンペーン → 実際の宿泊消費額+SNS波及効果を広告換算 → CEVとして報告。
2. 投資対効果(ROI)の可視化
限られた予算の中で、どの施策に投資すれば最も効果的かを判断できます。
例:観光PR動画と地域ワークショップを比較 → 動画はCIV(影響価値)が高い、ワークショップはCKV(知識価値)が高い → 目的に応じて投資先を選定。
3. 関係人口の育成に活用
リピーターや地域ファンを把握し、関係人口として長期的に関わってもらう施策設計に役立ちます。
例:SNS投稿やアンケート参加を頻繁に行う観光客 → 高いCIVやCKVを持つ層として特別なコミュニティに招待 → 地域との関係を強化。
4. EBPMの推進
「何人来たか」「いくら消費したか」だけではなく、「口コミで広がった影響」「改善提案が生んだ効果」まで示せるため、施策の成果をより説得力のある形で報告できます。
例:あるイベントで来場者数は少なかったが、SNSで大きな波及効果を生み、翌年の来訪者増につながった → CEVで測ることで成果を正しく説明可能。
CEVを活用することで、観光施策は「集客の数」から「関係性の質」へと評価の軸を広げることができます。これは地域にとっては投資判断の精度向上、EBPMの推進につながります。
まとめ
観光施策の成果を「来訪者数」や「消費額」だけで評価するのは不十分です。観光客はお金を使うだけでなく、紹介や口コミで新しい来訪者を生んだり、フィードバックで地域の改善に貢献したりと、多様な価値をもたらします。
CEV(Customer Engagement Value)は、
- CLV(購買価値)
- CRV(紹介価値)
- CIV(影響価値)
- CKV(知識価値)
の4つを合算して捉えるフレームワークです。これにより、観光客を「消費者」ではなく地域のファン・協力者として理解できるようになります。
CEVを取り入れることで、施策の効果を多角的に示せるだけでなく、投資判断やEBPM(証拠に基づく政策形成)の実践にもつながります。
DeepGreenは、データとAIを用いて“感覚では見えにくい価値”を可視化し、見過ごされがちな価値を地域の力へと変えていきます。