はじめに
観光は、人と地域をつなぐ大切な産業である一方で、交通・宿泊・飲食など多くの活動を伴うため、環境への負荷が大きいとも言われています。特に航空機や自動車による移動はCO₂排出量が多く、観光産業全体のカーボンフットプリント(Carbon Footprint)の大部分を占めています。
近年はSDGsや脱炭素社会の実現に向けた動きが世界的に加速しており、観光庁も「持続可能な観光地域づくり」に取り組む中で、環境負荷の可視化と削減を重要なテーマとして掲げています。観光地や事業者にとっても、「どれだけの排出があるのか」をまず把握することが、持続可能な観光を実現する第一歩です。
その指標として注目されているのが カーボンフットプリント です。旅行や観光サービスに伴うCO₂排出量を定量化することで、旅行者が環境に配慮した選択をしやすくなり、事業者や自治体も施策の改善につなげることができます。
本記事では、観光におけるカーボンフットプリントの考え方や測り方、国内外の事例、そして活用の可能性や課題について解説していきます。
第1章:カーボンフットプリントとは何か
カーボンフットプリント(温室効果ガス排出量)とは、製品やサービスが生産から廃棄に至るまでのライフサイクル全体で排出する温室効果ガス(主にCO₂)の量を定量化したものです。国際的には LCA(ライフサイクルアセスメント) の手法を基盤としており、原材料の調達、製造、輸送、使用、廃棄までを包括的に評価します。
本来は製造業や食品業界で広く使われてきた概念ですが、観光分野にも応用できます。観光を「ひとつのサービス」とみなし、旅行中の移動、宿泊、飲食、体験といった各要素を合算することで、1回の旅行全体のCO₂排出量や1泊あたりの排出量を算出できるのです。
観光における特徴
- 移動の影響が大きい:特に航空機は1人あたりの排出量が高く、長距離旅行では全体の大部分を占めます。
- 複数の事業者が関与:宿泊施設、交通事業者、飲食店、アクティビティなどが関わるため、排出量の把握が複雑。
- 旅行者の選択で変動:同じ目的地でも、交通手段や宿泊施設の種類によって排出量は大きく変わります。
他産業からの学び
食品や小売業界では、商品に「CO₂排出量」を表示する取り組みが始まっています。観光分野でも同様に「見える化」することで、旅行者が環境配慮型の選択を行えるようにすることが可能です。
第2章:観光における排出源
観光は多くの産業と結びついているため、カーボンフットプリントを構成する要素も多岐にわたります。その中でも特に排出量に大きく影響するのは次の4つです。
1. 移動
観光に伴う最大の排出源は、移動手段です。
- 航空機:長距離移動の中心であり、旅行全体のCO₂排出の過半数を占めることもあります。
- 自動車・バス:短中距離移動の主力。交通渋滞や低稼働率も排出増につながります。
- 鉄道:電化区間では比較的低排出ですが、利用状況やエネルギー源によって差が出ます。
2. 宿泊
ホテルや旅館は電力・水道・空調・リネンなど多くのエネルギーを消費します。
- 高級ホテルや大型施設ほど消費量が大きい傾向にあります。
- 近年は再生可能エネルギーの導入や省エネ設計で削減を図る事例も増えています。
3. 飲食
観光に欠かせない食事も排出源のひとつです。
- 輸入食材や肉類は排出量が高め。
- 地産地消や植物性食品中心の食事は排出量を抑えられるケースがあります。
4. アクティビティ
観光体験やレジャーも排出を伴います。
- 施設の運営(テーマパーク、温泉、スキー場など)
- 移動を伴うアクティビティ(観光船、タクシーツアーなど)
- 消耗品や装備の利用も含めればさらに広がります。
観光の排出源は「移動」「宿泊」「飲食」「アクティビティ」と多様であり、単純に「観光業=交通の排出」と片付けられない複雑さを持っています。だからこそ、カーボンフットプリントを正しく測定するには、旅行全体を構成するライフサイクル全体の視点が必要です。
第3章:カーボンフットプリントの測り方
主に航空業界・製造業で考えが広まりつつあるカーボンフットプリントですが、サービス業にも応用して考えることが可能です。観光におけるカーボンフットプリントの画一的な計測法のルールは定められていません。「どうやって測るのか」を考えるとき、まずはどのような考え方に基づいて測定するか、を紹介します。
1. LCA(ライフサイクルアセスメント)の視点
基本となるのは、製品やサービスの環境負荷を「資源の投入から廃棄まで」追跡する LCA(Life Cycle Assessment) の考え方です。観光に適用すると、「旅行に関わる一連の活動全体」を対象に排出量を積み上げていく、という枠組みになります。
2. 移動をどう捉えるか
観光における最大の排出源は移動です。そのため「移動距離」と「交通手段の特性」を組み合わせて排出量を推定するという発想が用いられます。航空機や自動車、鉄道など、手段ごとに排出係数が異なることを踏まえて評価するのが一般的です。
3. 宿泊・滞在の視点
宿泊施設がどれくらいエネルギーを消費しているかを「1人1泊あたり」に換算する考え方が使われます。館内の設備や、省エネ設備や再生可能エネルギーの導入状況によっても差が出ます。
4. 飲食や体験の視点
食事やアクティビティも観光体験の重要な部分であり、排出源とみなされます。輸入食材か地産地消か、肉中心か植物中心かによって食事のフットプリントは変わりますし、テーマパークや観光船といったアクティビティもエネルギー消費を伴います。
5. ツールや係数を使った推計
実際の算出では、各分野に設定された「排出係数」を掛け合わせる方法や、空路での移動のCO₂排出量を計算するオンラインツールが活用されます。国際機関や各国政府、民間企業が公表する基準をもとにしており、比較可能性や透明性を確保するために用いられています。
観光におけるカーボンフットプリントは、「移動」「宿泊」「飲食」「体験」それぞれの排出量の合計として考えることができます。
経済産業省、環境省から公表されているガイドラインも併せてご覧ください。(参考)
第4章:国内における事例紹介
観光におけるカーボンフットプリントは、まだ制度や算定方法の標準化が途上にありますが、国内でもいくつかの先進的な取り組みが進められています。
1. 観光庁「CO₂排出量測定モデル」
観光庁は、国際会議(MICE)の開催に伴うCO₂排出量を簡易に推計できる 「CO₂排出量測定モデル(Ver.1)」 を公開しています。宿泊や移動、会場利用など複数の要素を入力すれば、開催全体の排出量を算出できる仕組みです。(参考)
2. 都市別ライフスタイル排出量データベース
国立環境研究所がまとめた 「国内52都市における脱炭素型ライフスタイルの選択肢データブック」 では、移動・住居・食・レジャーなどの分野ごとに都市別のCO₂排出量が推計されています。直接的に「観光」という枠組みではありませんが、旅行に伴う移動やレジャーに関する排出量を把握する際の基盤データとして有効です。(参考)
3. TCVB×JTB総研 共同研究
東京観光財団(TCVB)と株式会社JTB総合研究所は、共同研究「A NET ZERO ROADMAP FOR TRAVEL & TOURISMから読み解く脱炭素に向けた具体的アクションの考察」を実施し、旅行業界の産業構造と脱炭素に向けた具体的な取り組みや今後の展望を考察しています。(参考)
第5章:活用と課題
国内外で観光におけるカーボンフットプリントを推計し、活用するなどの動きが始まっていますが、それに伴いどのような課題があるのかを整理します。
1. 活用の可能性
- 旅行者の選択を後押し
旅行商品や移動手段ごとに排出量を表示すれば、旅行者は「どのプランが環境にやさしいか」を比較できます。価格や利便性と並んで、CO₂排出量を意思決定の要素に加えられるようになります。 - 自治体・DMOの政策評価
観光施策を実施する際に、経済効果だけでなく環境負荷も同時に評価する枠組みを作れます。これにより、「観光収益を維持しつつ排出量を抑える」という持続可能性の観点を取り入れることが可能になります。 - 事業者のブランド価値向上
宿泊施設や旅行会社が排出量を見える化することで、環境配慮型サービスとして差別化できます。国際的なサステナブル認証の取得や、インバウンド市場での競争力強化にもつながります。
2. 直面する課題
- データ収集の難しさ
特に飲食や小規模事業者の活動まで含めると、詳細データの入手が困難になります。推計の精度と実務の現実性のバランスが課題となります。 - 算定方法の標準化不足
移動や宿泊の係数は整備されつつありますが、観光アクティビティや地域特有の要素は未整備であるため、地域や事業者ごとに基準がばらつくリスクがあります。 - 旅行者への伝え方
「kg-CO₂」で表示しても直感的に理解しにくいため、「木を何本植えた分に相当」など、分かりやすい表現が必要です。 - コストと人材
データ収集・分析・表示を行うには専門的な知識やシステムが必要で、中小規模の観光事業者や自治体には負担となる場合があります。
観光におけるカーボンフットプリントは、「見える化」することで旅行者・自治体・事業者の行動を変える力を持っています。しかし同時に、データや方法論の整備、旅行者への伝え方といった課題が残されています。
これらを乗り越えるには、行政や業界団体の支援だけでなく、データ分析やAIを活用して測定を効率化する取り組みが重要となるでしょう。
まとめ
観光は地域経済を支える大切な力である一方、移動・宿泊・飲食・アクティビティといった多様な活動を通じて環境にも影響を与えています。こうした影響を可視化する方法として注目されているのが カーボンフットプリント です。
重要なのは、数値を完璧に出すことではなく、排出量を「見える化」し、持続可能な観光の第一歩を踏み出すことです。数値化することで削減のポイントが明確になり、旅行者の行動変容や、自治体・事業者の政策判断にもつながります。
DeepGreenは「データとAIで地域の未来をデザインする」という想いのもと、こうした環境負荷の可視化や分析を通じて、観光の持続可能性を高める取り組みを支援していきます。


