インバウンド観光の需要が回復傾向にある中、自治体や民間事業者は新しい投資や再生に動き始めています。
一方で、人口減少・設備の老朽化・人材不足という課題も同時に解決していく必要があります。
観光産業や地域づくりの現場では、施設や不動産、地域資源を“どう活かし、どう育てるか”がこれまで以上に問われる時代になりました。
こうした環境下で欠かせない視点が、「アセットマネジメント(Asset Management)」です。
単なる管理ではなく、資産の価値を最大化し、将来にわたって活用し続けるための“戦略性のある運用”が求められています。
本連載では、
- 第1回:アセットマネジメントとは何か
- 第2回:アセットマネジメントのサイクル
- 第3回:戦略立案のポイント
- 第4回:運用・改善の技術とDX
- 第5回:地方創生・観光資源への展開
と、5回に分けて体系的に解説していきます。
今回はその第1回として、アセットマネジメントの基本となる「そもそもアセットマネジメントとは何か」を丁寧に紐解いていきます。
1.アセットマネジメントとは?
■ アセット(Asset)=“価値を生む資源”
アセットマネジメントの出発点は、「アセット」をどう捉えるかです。
不動産や建物だけではなく、
- ホテル・旅館などの宿泊施設
- 商業施設・温浴施設
- 公共施設(ホール・体育館・文化施設)
- 市民が使う生活インフラ
- さらには地域の観光資源(歴史、自然、文化)
といったものも、すべて“価値を生みうる資産”=アセットです。
つまりアセットマネジメントとは、資産を「保持するもの」ではなく「活かして価値を生むもの」と捉える考え方のことです。
■ アセットマネジメントの定義
アセットマネジメントは一言でいうと、
「組織による、資産の価値を最大化するための計画・運用・改善などの活動」
です。
管理(メンテナンス)と違い、
価値向上がゴールである点が大きなポイントです。
■ 「管理」ではなく「価値を育てる」という発想
建物や施設を使える状態に維持するのはプロパティマネジメント(PM)やビルマネジメント(BM)の役割です。
一方、アセットマネジメントは、
- どうすれば収益が上がるか
- どの設備に投資すべきか
- どんなお客様に選ばれるべきか
- どのように地域の価値を取り込むか
といった経営・投資の視点が中心になります。
アセットマネジメント(AM)=経営・投資の視点を持って、資産価値を最大化する
プロパティマネジメント(PM)=日々の運営・維持管理
ビルマネジメント(BM)=設備や建物の管理
という違いがあります。
■ なぜ今、アセットマネジメントが重要なのか
理由は大きく3つあります。
- 人口減少・施設の老朽化が進み、資産の選択と集中が必要になった
- 観光・不動産が“投資対象”として急速に評価されるようになった
- データ活用やDXにより、資産の価値向上がより科学的にできるようになった
特に人口減少が進む日本では、
「すべてを維持する」から「活かす資産を選んで強くする」へと転換が求められています。
また、観光地ではインバウンドの増加や投資マネーの流入により、ホテルや旅館のアセット価値がこれまで以上に重要になっています。
2.アセットマネジメントが必要とされる背景
アセットマネジメントという言葉が一般に知られるようになったのは比較的最近ですが、その背景には日本社会と不動産市場の大きな変化があります。単なる技術論ではなく、社会構造の変化から生まれた必然的な考え方ともいえます。
1. 人口減少と老朽化が進み、持ち続けるだけでは立ち行かなくなった
日本は人口減少局面に入り、多くの地方都市では需要の縮小が続いています。
かつては「建てれば使われる」「所有していれば価値が増える」時代でしたが、今は状況が大きく異なります。
特に以下のような課題が顕在化しています。
- 公共施設や民間施設の老朽化が加速
- 利用者が減り、維持費が重くのしかかる
- 老朽化した不動産が地域の魅力を損なう
- 耐震・省エネなど新たな規制対応が必要
自治体や企業は「全部を維持する」のではなく、「活かす資産を選び、長期的に価値を育てる」という発想が求められるようになりました。これがアセットマネジメントが普及する大きな理由のひとつです。
2. 不動産が投資対象として評価され、運用成績が問われる時代へ
不動産は、単なる物理的な存在から「金融資産」として扱われるようになりました。
REITや不動産ファンドの拡大により、ホテル・商業施設・物流施設などが投資家からの視線にさらされています。
投資資金が入ると、自然と以下の視点が必要になります。
- 収益は最大化できているか
- 適切な投資が行われているか
- 将来の価値は維持・向上するか
- 運用プロセスに透明性はあるか
アセットマネジメントは、こうした投資家の求める「戦略的な運用・経営管理」を担う仕組みとして発展してきました。
3. データやDXの発展により、運用の見える化が可能に
以前は、経験と勘に頼りがちな運用が一般的でした。
しかし近年、データ活用技術が進み、資産の価値を科学的に評価できる時代になっています。
例として、
- 宿泊施設の需要予測
- 価格の最適化(レベニューマネジメント)
- エネルギー使用量の分析による省コスト
- 顧客レビューのテキスト分析
- 修繕の優先度判断(予兆保全)
などが挙げられます。
こうした技術は、アセットマネジメントにおける意思決定の精度を高め、価値向上のスピードも早めます。
4. 地域創生の文脈で「地域の資産」を総合的に捉える必要が高まった
観光施設、歴史文化資源、公共施設、交通インフラなど、地域には多様な資産があります。
これらは一つひとつ別の主体が管理しているため、個別最適に陥りがちです。
しかし、本来は「地域全体を一つのアセットとして捉え、価値を高める」ことが地域経済の再生には不可欠です。
そのため、
- 公共施設マネジメント
- 観光資源の統合的活用
- エリアマネジメント
- PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)/PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)の活用
といった取り組みが進み、アセットマネジメントの重要性はますます高まっています。
3.アセットマネジメントの基本的な役割
アセットマネジメントは「資産を戦略的に活用する取り組み」と言っても、実際にはどのような役割を果たしているのでしょうか。ここでは、一般的な不動産アセットを例に、その主要な役割を整理します。
1. 資産価値の維持と向上
アセットマネジメントの最も基本的な役割は、資産価値を長期的に高めていくことです。
価値の維持には、適切なメンテナンスや設備更新の計画が欠かせません。
価値向上には、改修やリブランド、サービス改善など、施設の魅力を高めるための投資判断が求められます。
価値向上に寄与する施策の例としては、
- 客室や共有スペースのリノベーション
- 新しいサービスや設備の導入
- 施設のブランド転換(ローカルブランドから大手ブランドへ)
- 周辺エリアの魅力と連携した企画づくり
といったものがあります。
「単に壊れた部分を修理する」のではなく、「投資に見合う価値が生まれるか」を見極める視点が重要になります。
2. 収益の最大化
アセットが生み出す収益を最大化することも、アセットマネジメントの中心的な役割です。
宿泊施設であれば、
- 稼働率
- 平均客室単価(ADR)
- 客室売上(RevPAR)
といった指標を踏まえ、適切な価格戦略や販売チャネルの管理を行います。
商業施設やオフィスであれば、
- テナント構成
- 賃料設定
- 契約更新と退去リスクの管理
が収益に直結します。
収益改善のために必要な施策は施設ごとに異なりますが、いずれもデータに基づいた分析と、現場理解の両方が不可欠です。
3. コスト管理とライフサイクル最適化
資産は運用すればするほどコストが発生します。
- 清掃・警備・設備管理
- 電気・水道・ガスといった光熱費
- 修繕費や設備更新費
- 大規模修繕や建物改修のための積立
アセットマネジメントは、これらのコストを単に削減するのではなく、「どこに投資し、どこを抑えるべきか」を判断し、資産のライフサイクル全体を最適化します。
投資効果の検証やランニングコストとのバランスをとることが、長期的な資産価値の維持につながります。
4. リスク管理と将来予測
資産にはさまざまなリスクが存在します。
- 自然災害(地震・水害)
- 金融市場の変動(利上げ・景気後退)
- 建物の老朽化
- 競合施設の登場
- 顧客ニーズの変化
アセットマネジメントには、これらのリスクを把握し、対策を講じる役割があります。
たとえば、
- 耐震補強や防災対策
- ローンの借り換えや資金調達戦略
- 顧客層の変化に応じたリニューアル
- ローカル需要とインバウンド需要の比率調整
などを通して、将来の変化に備えます。
特に現在は、気候変動や人口構造の変化など、従来よりも長期的で大きなトレンドが資産価値に影響を与えるため、未来を見据えた判断力が一段と重要になっています。
5. ステークホルダーの調整と意思決定
アセットマネジメントは、多くの関係者と連携しながら価値向上を進めていく仕事でもあります。
関係者には、
- 投資家
- 金融機関
- 運営会社(PM)
- 建築・設備の専門家
- 地域の事業者
- 自治体や行政
など、多様な主体が含まれます。
アセットマネジメントは、これらの関係者の意見や状況を踏まえ、最終的な方向性を定めていく役割を担います。
特に宿泊・観光施設では、生々しい現場感と数字で語る経営の両方をつなぐ「翻訳者」のような立場ともいえる存在です。
4.アセットマネジメントと関連業務の違い
アセットマネジメント(AM)は、建物や施設の「運用・管理」を行う業務のひとつに見えますが、実際には役割や目的が大きく異なります。ここでは、しばしば混同されやすい業務との違いを整理します。
1. アセットマネジメント(AM)
アセットマネジメントは、資産の価値を最大化するための戦略を立て、実行をマネジメントする役割です。
対象は建物そのものにとどまらず、収益構造・投資計画・運営体制など、資産を取り巻くあらゆる要素を含みます。
特徴としては次の点が挙げられます。
- 投資回収や収益最大化が目的
- 施設のライフサイクル全体を見据える
- 改修・投資の判断軸を持つ
- 収益予測や市場分析を行う
- ステークホルダー(投資家・銀行・PM会社)を調整する
いわば、資産に関する「経営判断」を担う立場です。
2. プロパティマネジメント(PM)
PMは、建物の運営・管理の実務を担う役割です。
ホテルでいえば、日々のオペレーションを管理し、現場での業務を確実に遂行する位置づけになります。
主な業務は以下の通りです。
- テナントや顧客対応
- 賃料管理・契約管理
- 建物の運営オペレーション
- 清掃・設備管理会社との連携
- 売上・稼働の報告
AMが「何を目指すか」を決める存在だとすれば、PMは「どう運営するか」を具体的に実行する役割です。
3. ビルマネジメント(BM)・ファシリティマネジメント(FM)
BMやFMは、建物の設備や機能を維持し、利用者にとって安全で快適な状態を保つことが目的です。
BM(ビルマネジメント)の役割には、
- 設備メンテナンス
- 故障対応
- 点検計画
- 清掃・警備の管理
など、建物内部のハード面の維持が含まれます。
FM(ファシリティマネジメント)はそれより広く、
- 建物・設備の最適な利用
- ワークプレイスの最適化
- 使用者の利便性向上
- コスト管理
といった、施設全体の利用価値を最大化する業務です。
4. AM・PM・BM/FMの関係性を整理すると
関係性を簡潔に表すと次のようになります。
- AM(アセット全体の価値最大化を担う経営・投資の視点)
- PM(日々の運営を遂行し、収益を実際に生み出す現場の視点)
- BM/FM(建物が安全・快適に稼働するよう維持する技術的視点)
この3つが適切に連携してはじめて、資産の価値が高まり、運用が成果を生むようになります。
5. それぞれの役割が分かれる理由
資産運用は、戦略・運営・維持管理のどれかひとつが欠けても成立しません。しかし、必要なスキルセットが大きく異なるため、役割分担が生まれています。
たとえばホテルを例にすると、
- 投資判断や改修計画を立てる
- 日々の運営を管理する
- 建物を安全に維持する
これらをひとつの組織・部門が同時に行うのは現実的ではありません。
AMは市場分析と投資・経営判断の専門性を、
PMは宿泊運営や顧客対応の専門性を、
BM/FMは設備の知識と技術を、
それぞれ発揮して役割を分担することで、本来の価値が発揮されます。
5.アセットマネジメントがもたらす価値
アセットマネジメントは、不動産や施設の価値を高めるための専門的な取り組みですが、その成果は現場の運営者や利用者、地域社会にも広がります。ここでは、アセットマネジメントが具体的にどのような価値をもたらすのかを整理します。
1. 資産の価値が長期的に安定する
アセットマネジメントは短期的な収益だけでなく、資産のライフサイクル全体を考慮します。
これにより、次のようなメリットが生まれます。
- 適切な時期に設備更新を行うため、突発的な故障や費用増大を避けられる
- 老朽化による価値下落を抑える
- 長期的に安定した稼働や収益が確保できる
資産が持つポテンシャルを継続的に発揮させることは、投資家だけでなく施設の利用者や地域にとっても大きな利益になります。
2. 経営判断が科学的になり、ブレが減る
アセットマネジメントではデータと分析に基づき意思決定を行うため、判断の根拠が明確になります。
たとえば、宿泊施設であれば、
- 改修投資が本当に回収できるか
- 客室単価の見直しが収益にどう響くか
- 稼働率が低下している理由は何か
といった問題を、感覚ではなく数字で判断できます。
これにより、
- 経営の迷いが減る
- 投資計画の優先順位が明確になる
- 経営者と現場のコミュニケーションが円滑になる
など、経営全体の安定に寄与します。
3. リスクに強い資産になる
アセットマネジメントは、外部環境のリスクや建物の状態を見据えた計画づくりを行います。
対象となるリスクは多岐にわたります。
- 地震や水害などの自然災害
- 顧客需要の変動、インバウンドの増減
- 競合施設の登場
- 設備の劣化や故障
- 金融情勢の変化(利上げなど)
これらを定期的に把握し、対応策を講じることで、資産は「変化に強い状態」を保つことができます。
特に、近年増えている気候変動リスクや人口減少は、従来以上に長期的な視点でのマネジメントを必要としています。
4. 利用者にとって快適で魅力ある環境が整う
アセットマネジメントの成果は、施設の利用者にも直接影響します。
たとえば、
- 適切な改修により建物の快適性が向上する
- 顧客層に合わせたサービス改善が行われる
- 利用者目線の導線設計や施設レイアウトの見直し
- 環境負荷の低い設備の導入
- テクノロジーによる利便性向上(セルフチェックイン、IoT機器など)
これらは、利用者満足度の向上につながり、結果的に収益向上にも寄与します。
5. 地域全体の価値向上につながる
宿泊施設や公共施設などは、それ自体が地域の魅力や使いやすさに直結します。
アセットマネジメントにより価値が高まることで、周囲の資源や地域経済にも波及効果が生まれます。
- 観光地における滞在価値が高まる
- 地域のブランド力が向上する
- 近隣の商店や事業者の活性化につながる
- 公共空間を含めたエリアの安全性・快適性が向上する
特に、地域全体を「一体のアセット」と捉える考え方は、観光地や地方都市の再生において重要な視点となっています。
6.今後の展望
アセットマネジメントは、これまで主に不動産分野で語られてきましたが、近年はその考え方が地域づくりや観光産業、公共施設の運営にも広がりつつあります。経営環境が急速に変化するなかで、資産をどう活かし、どう未来へつなげるかが重要なテーマになっているためです。
アセットマネジメントの展開が進む理由としては、次のような流れがあります。
- ESG やサステナビリティ経営の広がり
- インバウンドの回復と新しい観光需要の出現
- 公共施設の更新問題(老朽化と財源不足)
- 不動産の証券化や地域ファンドの拡大
- データ活用やDXにより運用の精度が向上していること
これらにより、アセットマネジメントは単なる一つの手法ではなく、地域や事業の将来を形づくる「基盤的な考え方」へと進化しています。
特に観光業界では、施設単体の強化だけでなく、地域資源との連携が求められています。施設の価値向上が地域の活性化につながり、その地域の魅力が施設の収益にも跳ね返るという循環が理想的です。その意味で、アセットマネジメントは地域創生と非常に相性の良い考え方と言えます。
この連載では、第1回の基礎概念を起点として、次回以降さらに実務に直結する内容を扱っていきます。
第2回では、アセットマネジメントがどのような流れで進められるのか、具体的なプロセスを紹介します。
現状把握、戦略、運用、改善、そして再評価というサイクルの全体像を理解することで、自社の施設や事業にどのように活かせるかが見えてきます。


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