はじめに:観光インフラは“体験の土台”である
地域の魅力を伝えるには、自然や文化といった「資源」だけでは不十分です。
観光客がその地域を訪れ、滞在し、消費し、また来たいと思うには、宿泊・食・交通といった“インフラ”の受け入れ体制が整っている必要があります。
しかし現実には、こうした観光インフラの整備が進んでいない地域は少なくありません。
- 宿泊施設が少ない、あるいは“泊まりたくなる理由”が弱い
- 地元ならではの食体験や買い物体験が用意されていない
- 車がないと移動できず、観光動線が不便
このような状況では、どれだけ観光資源が魅力的であっても「体験として成立しない」状態となり、
結果として滞在時間は短くなり、地域への経済効果も限定的になります。
ハード整備だけでは解決しない“体験設計”の視点
宿や飲食店、交通網を増やせば解決する――そう考えられがちですが、実際には整備した後どう使われるか=“使われ方の設計”が極めて重要です。
また、限られた予算と人手の中で投資判断を誤れば、地域にとって負担になるだけのインフラにもなりかねません。
そこで本記事では、以下の3つの観点から、観光インフラ整備の課題と解決策を読み解いていきます:
- 宿泊施設の不足と魅力の再構築
- 食・物販といった観光消費体験の設計
- 観光回遊性と交通手段の最適化
さらに、それらを支えるデータ分析やAI活用による可視化・予測・検証の手法もご紹介しながら、
地域にとって持続可能な“観光の土台づくり”とは何かを探っていきます。
第1章:宿泊施設の不足・魅力不足がもたらす滞在時間の短縮
地域の観光施策において、宿泊施設の存在は「地域にお金が落ちるかどうか」を左右する最重要要素のひとつです。
いくら魅力的な観光資源があっても、“泊まれない”“泊まる理由が無い”地域には人が留まらない。
その結果、滞在時間は短くなり、消費額も最低限にとどまり、再訪にもつながらないという悪循環が起こります。
宿が“足りない”だけでなく、“魅力がない”という課題
よくある宿泊の課題には2種類あります:
- 絶対数が不足している地域(過疎地、離島、小規模自治体など)
- 選択肢はあるが“泊まる価値”が感じられない地域(ビジネスホテル中心、画一的な設備、地域ならではの特徴がない)
特に後者の「魅力の不足」は見過ごされがちですが、近年の旅行者は“宿泊=単なる寝る場所”ではなく、旅の体験の一部として捉えているため、宿の質が旅全体の満足度に大きく影響します。
コンバージョン型宿泊施設の可能性──空き家・古民家を“泊まりたくなる場所”に
こうした課題に対する一つの有効策が、既存の建物をリノベーションして宿泊施設として再生する「コンバージョン型宿泊施設」の導入です。
- 空き家や使われていない古民家を分散型ホテルや貸切宿に再活用
- 歴史的建築や自然と共生する建物を“地域らしさ”のある空間として演出
- 地元の人と出会える仕掛けや、地域体験とのセット提供
こうした宿は、単なる宿泊機能を超えて、「またここに泊まりたい」という記憶に残る価値をつくります。
データで見える「滞在のポテンシャル」
滞在時間を延ばすには、まず地域における宿泊行動や観光回遊の傾向を把握することが欠かせません。
例えば、以下のようなデータを収集・分析することで、宿泊ニーズが眠っている場所や改善ポイントを見つけ出すことができます。
- 平均滞在時間や訪問者の移動履歴から、“素通りされているエリア”を特定
- 宿泊エリアと観光資源との動線を可視化し、回遊しづらい構造的な課題を把握
- SNSやレビューサイトから、“宿泊しづらい理由”や“満足度の低さ”を言語データとして抽出
こうした客観的なデータに基づけば、「どこに・どんな宿を・誰向けに設計すべきか」が論理的に導き出せるため、勘や経験に頼らない宿泊戦略の立案が可能になります。
第2章:食・物販体験が薄い地域は“記憶に残らない”
旅先での「おいしい体験」や「思わず買いたくなるモノとの出会い」は、観光の満足度を高める大きな要素です。
しかし、多くの地域では、飲食・物販といった観光消費体験が設計されておらず、“ただ立ち寄っただけ”の印象に終わってしまうことがあります。
魅力的な自然や歴史的資源があっても、「どこで何を食べたか」「どんなものを買ったか」という記憶が残らなければ、旅としての印象も薄れてしまいがちです。
観光消費が「選択肢不足」で止まっている現実
次のような課題は、観光現場でよく見られるものです:
- 駅前や観光地周辺に地元食材を活かした飲食店がない/少ない
- 飲食店や物販情報がネットやSNSで発信されていない
- 地元ならではの土産物がなく、観光消費の単価が低い
こうした状況では、せっかくの来訪者が最低限の飲食と滞在だけで立ち去ってしまい、地域経済に波及しないという結果になります。
ローカルフードと工芸の「体験型消費」への転換
この課題を乗り越えるカギは、「食べる」「買う」という消費行動を“体験”として再構築することです。
たとえば:
- 地元の旬食材を使った料理体験・共同調理ツアー
- 郷土料理の背景を学びながら味わう“語られる食体験”
- 伝統工芸を「買う前に触れて作る」ワークショップ型物販
- 地域の人やストーリーとセットで購入できる“意味のある商品”設計
こうした仕組みをつくることで、単なる買い物・飲食が「記憶に残る行為」へと変化し、満足度も再訪意欲も高まります。
データで設計する「購買体験のストーリー」
データを活用すれば、以下のような分析も可能になります:
- アンケートデータや決済データでわかる来訪者の属性(年齢・地域・旅行形態)ごとの購買傾向
- SNS上の投稿やレビューから抽出される満足度の高い体験
- 移動データ×決済データから見る“買われずに通過されている場所”
こうした情報をもとに、「どこに、どんな商品や体験を置くか」を設計すれば、地域の観光消費はより戦略的に強化できます。
第3章:交通・回遊の不便さが“来ない理由”になる
観光地としてのポテンシャルが高くても、「行きづらい」「周りにくい」という理由で訪問を避けられてしまう地域は少なくありません。
アクセス性と回遊性の低さは、観光体験の質を大きく損なう要因であり、地域の観光振興を阻む“静かな障壁”となっています。
観光客の動きとインフラが噛み合っていない
特に地方部では、観光客のニーズと現実の交通インフラが大きくズレているケースがあります。
よく見られる課題には以下のようなものがあります:
- 公共交通の本数が少なく、日帰り滞在を強いられる
- 鉄道駅やバス停から観光地が遠く、徒歩でのアクセスが非現実的
- タクシーがつかまらない、レンタカー利用が前提になっている
- 複数の観光スポットが点在していて、回遊の導線が切れている
このような状況では、旅行者の移動ストレスが高まり、「もう行かなくてもいいか」という選択につながってしまうのです。
MaaS・オンデマンド交通の活用で「動線設計」から変える
こうした課題に対して、近年注目されているのが以下のような柔軟な移動手段の導入です:
- MaaS(Mobility as a Service):複数の交通手段(鉄道・バス・タクシー・シェアサイクルなど)を一元化し、スマホでルート案内・決済・予約を可能にする仕組み
- 観光型モビリティ:電動カート、小型EV、サイクルツアー車両など、滞在者の体験に合わせた小回りの利く交通手段
- オンデマンド交通:事前予約やアプリ操作で柔軟に呼び出せる乗り合い型交通サービス
これらを導入することで、単に「移動できる」だけでなく、移動そのものを“観光体験”として再設計することが可能になります。
回遊性の改善には“行動データ”の活用が不可欠
来訪者の動きはGPSやスマートフォンの位置情報、交通利用データからある程度把握可能です。
以下のようなデータ分析を通じて、回遊設計の改善ポイントを見出すことができます:
- 立ち寄られないエリアや施設の可視化
- 使われていない動線を特定し、案内表示などの投資効率化
- バスや鉄道が“使われていない”タイミングの分析
こうした分析結果をもとに、新しい交通施策やモビリティサービスを導入すれば、無理なく周遊できる観光環境を設計することが可能になります。
第4章:データとAIで“来訪体験”を設計するには
観光における「体験の質」は、宿泊・食・交通といった要素の総和によって決まります。
しかし、それらを感覚的・個別最適で整えてしまうと、せっかくの取り組みが噛み合わず、効果が分散してしまうことも少なくありません。
そこで必要になるのが、来訪者の行動をデータで可視化し、体験全体を俯瞰的に設計するという視点です。
さらに、AIの活用によって、複雑なニーズの予測や仮説検証も現実的になってきています。
来訪者の動きは、すでに「見える」時代に
観光DXの普及により、次のようなデータが取得・分析可能になっています:
- 移動経路・滞在時間:GPSデータやMaaSアプリを通じて収集
- 属性情報:年齢・性別・居住地・訪問回数など(アプリなどで収集可能。匿名化処理・利用者の同意が必要)
- 購買・予約情報:飲食、宿泊、アクティビティの実利用データ
- SNS・レビュー:自由記述による感情や不満、満足度の傾向
これらを掛け合わせることで、「どんな人が、どの順番で、どこに行き、何をしたか」が把握でき、観光体験をデータで再現することも可能になります。
AIによるニーズの予測と最適配置の提案
大量の行動データを分析する際に、AIは強力な補助となります。
- クラスタリング:似た行動パターンを持つ観光客グループを発見
- 感情分析:レビューやSNS投稿から、満足・不満の要因を分類
- 需要予測:宿泊や交通、イベントのピークや需要変動を事前に把握
- 配置最適化:サービスや人員の配置をシミュレーション
これらの分析を活用することで、人的・資金的リソースを無駄にせず、効果的な改善施策を選ぶ判断材料が得られます。
LTV(顧客生涯価値)の視点で関係をつなぐ
短期的な観光消費だけでなく、「リピーター」「関係人口」として地域に継続的に関わる人を増やすには、LTV(Life Time Value)=来訪者の生涯価値の視点が重要です。
- 宿泊だけでなく、食・体験・オンライン接点までを含めた総合的な関係設計
- 訪問後の情報発信・再訪・人とのつながりによる“循環”の創出
- 地域にとっての「共感者・支援者」としての継続的な関わり方の設計
データとロジックを組み合わせれば、一度きりの観光客を「育てる」戦略設計が可能になります。
第5章:DeepGreenの取り組み──観光インフラの見える化と改善支援
観光振興に取り組む地域の多くは、「魅力があるのに伝わらない」「頑張っているのに人が来ない」という壁に直面しています。
DeepGreenでは、こうした課題を主観ではなくデータとロジックで解きほぐし、“実行可能な打ち手”に変える支援を行っています。
私たちの強みは、データ分析・AI活用・ロジックモデル設計という3つの技術基盤を軸に、地域の実情に合わせた支援を設計できる点です。
宿泊施設の活用と配置を“感覚”から“根拠”へ
- 空き家・古民家・遊休施設など、既存資源の可視化と分類
- 滞在行動データから導く“泊まりたくなる場所”の条件分析
- 地域ごとの特性に合わせたコンバージョン型宿泊施設の企画支援
→ 「泊まれる場所」から「泊まりたくなる体験」へ再設計します。
食と物販を“記憶に残る体験”へ変える
- 来訪者の属性・嗜好をもとにしたローカルフード・クラフト企画支援
- SNS・レビュー分析による食の印象・口コミ傾向の可視化
- 飲食・物販・体験が連動するストーリーベースの導線設計
→ 単なる消費ではなく「語りたくなる体験」を設計します。
交通と回遊性を「移動×体験」として再構築
- MaaSアプリや移動データを活用した観光動線の分析と再設計
- 回遊性が低いエリアの抽出とオンデマンド交通導入の支援
- 交通インフラと観光施設の連携による“動線の物語化”支援
→ 移動を“ストレス”から“楽しみ”へと変換します。
持続可能な仕組みとして「見える化」+「改善可能性」を残す
- 各施策の効果を定量評価できるKPI設計とダッシュボード構築
- スモールスタート・仮説検証可能なプロトタイプ施策の伴走支援
- 自治体・DMO・地元事業者が使い続けられる運用設計
→ 外部依存ではなく、地域が自ら改善・発信できる仕組みをつくります。
おわりに:体験価値を支える“見えない基盤”を整える
観光の魅力とは、単に美しい風景や特産品があることではありません。
本当に「また行きたい」と思われる地域は、宿泊・食・交通といった基盤が見えないところで体験価値を支えている地域です。
宿泊したくなる場所があり、心に残る食や買い物体験があり、移動が快適で迷いが少ない——
これらが整うと、地域の魅力が体験として成立し、観光地としての魅力が地域を支える力になります。
インフラ整備は「土木」ではなく「体験設計」の視点で
従来のインフラ整備は、施設や設備といったハード面に目が向きがちでした。
しかし、今求められているのは「人の動きと感情に基づいた観光体験全体の設計」です。
たとえば:
- 空き家がある → どう活かせば“泊まりたくなる”体験になるか
- 観光地がある → どう巡れば“感動の流れ”が生まれるか
- 食文化がある → どう伝えれば“話したくなる”価値になるか
これらを考えることが、観光まちづくりの本質といえます。
データと仕組みで“持続する観光”へ
観光戦略において重要なのは、一過性のイベントや施設開業ではなく、継続的に価値を磨き、改善できる仕組みを持つことです。
DeepGreenでは、データ分析・AI・ロジックモデル設計を組み合わせ、地域が自立的に進化できる観光DXの支援を行っています。
「魅力はあるはずなのに、伝わらない」
「人は来ているのに、リピーターにはなっていない」
そんな課題にこそ、仕組みと論理の力で応えることができると私たちは信じています。
地域の魅力が、誰かの記憶になるまで。
その“見えない基盤”づくりを、共に考えていきましょう。



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